
第10回 バードラス


感化されたものを『扉(=ドラス)』へ持ち込むために。毎年、ヨーロッパへ。
「ドラス(DORAS)」とは、ゲール語で「扉」を意味します。風がぬける隅田川沿いの静かな小路にぽつんとたたずむ外観、その重厚な扉をあけると、いったいどんな世界が待っているのでしょうか。不思議な期待感が募ります。
オーナーバーテンダーの中森保貴さんは、浅草生まれの浅草育ち。都内のバーで修行を積み、独立する場所はやはり浅草で、と決めていました。
今回、うかがった夜はスコットランドの旅から帰国したばかり。浅草エリアでは、東京スカイツリーが開業し、人々やメディアが浮き足立っている時期でしたが、中森さんは騒がしい世間に背を向けるように旅を楽しんできたのです。
「世間がどうであれ、ブレずに、いつもどおり、ヨーロッパの文化を伝承していきたいんですね。スカイツリーの開業に旅の日程をわざと合わせたのは、そういう意思表示でもあります」
毎年出かけるヨーロッパの旅。ベルギー、フランス、スペイン、チェコ……、さまざまな国へ行き、その土地の文化に触れてきました。今年は、スコッチウイスキーの原点、スコットランド。
酒造所めぐりはもちろんのこと、大自然の中、レンタカーで3つの島と本土をぐるり3000キロ近くも走破するという旅でもありました。
「これからも、自己投資のためにヨーロッパ旅行はつづけます。飲食文化やライフスタイル、骨董市、建築、オペラ、音楽、あらゆることに感化されて帰国し、それらを『扉(=ドラス)』へと持ち込んでまいります」


中森さんとストーリーをつくり、ストーリーに心地よく酔う。
店内は、カウンター7席。ヨーロッパの調度品がバランスよく散りばめられ、照明は落とされ、一本のキャンドルライトが揺らいでいます。ヨーロッパのクラシックやオペラがかかり、中央に中森さんが立ちます。
基本的には、ひとりでしずかにお酒を楽しめる人のための限定7席。
4人以上の入店はお断り、お隣どおしの会話もNGです。というより、お隣とお話しができるような空気感ではありません。
「一人ひとりがご自分のストーリーをもってご来店されるのです。そのとき、お隣から声がかかってしまっては、そのストーリーが断たれてしまいいますよね」
カウンターをはさんで、中森さんと一人のお客様がお酒のオーダーについてしばしコミュニケーションをとるときも、声のトーンはおさえめ。
だからでしょうか。お酒をつくりはじめると、氷の音、ステアするリズム、シェーカーが振られる切れのよさ、注がれる音……、それらがシャープに店内に響き渡ります。一杯のお酒が完成するまでって、こんなに綺麗な音がするんですね!
私はカクテルを飲み、その後すぐに「ラフロイグ」へと希望を伝えると、その前にワンクッション、「アベラワー」をはさんでみてはいかがでしょう、と提案されました。
中森さんが酒造所でみずからの手でシェリー樽から瓶詰めにして持ち帰ったもの。確かに、カクテルとシングルモルトとをやさしく橋渡ししてくれる芳醇な一杯でした。
お酒のストーリーを味わう──。いやはやなんとも、意外性あり、発見ありの夜でした。

欧州滞在中、このグラスにはあのカクテルで……と、中森さんのインスピレーションによって買い集められたグラス。

カウンター奥には、各ブランドのオリジナル水さしが並ぶ。ファンにとっては、どれも貴重なコレクションです。

人通りのほとんどない場所に、ぽつんと現れる重厚なドア。その向こう側は非日常の世界でした。

- バー ドラス
- 東京都台東区花川戸2-2-6
- tel.03-3847-5661
- 営:月~土19:00~翌3:00
日・祝18:00~翌2:00 - 休:水曜日・第3火曜日
- 交:各線浅草駅徒歩3分
中森さんは、志をともにするバーテンダー6人と、 スタンダードカクテルを追求する「The Grand Cocktail 手法と技術の追求」というプロフェッショナル用のブログも制作していますので、興味のある方はぜひ。さて、次に紹介いただいのは「Cucina Italiana HARU (ハル)」の山田オーナーシェフ。「イタリアでの経験を活かし、その国の文化を伝承するスタイルはある意味で自分の同志と言える存在です」。ありがとうございます。エリアも、浅草から湯島へと移動いたします。